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デザイナーは「FAB」で何ができるか?

FABに関する記事、書籍、講演会についての感想及びレビュー

「編集とデザイン」からみるクリエイティブリユース

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「現在、私たちの住んでいる日本には、モノが溢れている。まめに廃棄したりリサイクルショップやガレージセールに出したとしてもなかなか片付かないほどだ。しかし不思議なことに、何かものづくりをしたいと思った時に、手頃な素材は身の回りでは見つからない。私たちは、これだけモノが溢れている中で、肝心な創作のための素材は一から買い求めなければならないという、妙に非効率な環境で生活している。」

『クリエイティブリユース―廃材と循環するモノ・コト・ヒト』の序文で、著者である大月ヒロ子さんはこのように述べている。
この記述を読んだ僕は、その通りだ、という納得の気持ち以上に、ショックの気持ちが強かった。買っては使い捨てるという一連の流れを当たり前のように繰り返してしまっていることに対して違和感を覚えなくなってしまっていたからだ。

大月さんは続いて、以下のように述べる。

「「必要と不必要のバランス」が経済の仕組みの中で、徐々に壊れてしまったのではないだろうか。つくる技術も、つくる場も外へ外へと出払ってしまい、気付けば私たちが持っていた「手の知性」が失われていたというのが今の日本だ。工夫して自分自身でつくることが、安い商品を買うより高くつくと思い込んでいる人は多いが、長い目で見れば、それははなはだ怪しい。消費こそが経済を回す一番のエンジンだと信じて疑わなかった時代は終わった。大量生産・大量廃棄は環境を破壊するだけでなく、私たちの暮らしの中にあった文化も消し去ろうとしている。」

本書で著者が伝えたいことは「本当の豊かさ」とはなんなのか、ということだ。
状況は変わってきている。資源は有限であり、生産するにも、廃棄するにも、地球環境に悪影響が及ぶのは自明のことである。環境のことを考えながら暮らしていくことは今や地球に住む全員への至上命題だろう。
また、消費者は「モノ」に付加価値を求め出しつつあり、FAB環境の普及により、消費者は自らモノを作り出す「生産消費者」になりつつある。
与えられるだけの存在に満足しなくなってきている。

豊かさを大量生産品から得るという時代は変わりつつある、という考えに個人的には強く賛同したい。
友人からもらった手作りのTシャツを着ているとき、既製服では感じられない幸福感が確かにある。
利便性と安さの大量生産品の恩恵を否定することはできない。けれども、豊かさについて一度立ち止まって考えてみると、選択肢は一つではないはずだ。



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このような「今」に、フィットする要素を多分に含んでいるのが「クリエイティブリユース」だ。
クリエイティブリユースとは、家庭や企業から日常的に生み出される廃材をそのまま廃棄せず、人のクリエイティビティー(創造性)を使って、これまで見たこともなかった素敵なものに生まれ変わらせる取り組みのことである。
クリエイティブリユースによって生み出されたプロダクトは、廃材を使用しているが故に生まれる一点モノとしての魅力があり、またリユースがもつストーリー性も相まってユーザに大量生産品にはない価値を与えてくれる。
諸外国においては、クリエイティブリユースの様々な実践や試みは既になされている。最もわかりやすい例のひとつは、「FREITAG」(フライターグ)というブランドだ。廃棄されるトラックの幌やシートベルト、自転車のインナーチューブを再利用してバッグや財布などをつくっている。少々の汚れも個性として受け入れられており、同じモノがないという点も購買欲を刺激する要素となっている。http://www.freitag.ch/


筆者は本書で、クリエイティブリユースのプロセスについて「廃材の調査→収集→分類・整理→開発→制作→流通・販売→啓発」という大きな流れがあると述べている。このプロセスを言い換えると、多種多様に存在する廃材について、それぞれの特性を理解し解釈し、それぞれについて最適な見せ方を考えるということである。
これはまさに「編集」と「デザイン」の作業である。ここに、リサイクルとクリエイティブリユースの大きな違いがある。
「リサイクル」は、「エコ」の部分に重点が置かれているので、モノとして魅力的かといえば、そうとは言えないものがほとんどである。
「クリエイティブリユース」は、そうではない。「編集」と「デザイン」という視点によって廃材の持つ個性を最大限に活かして、廃材にしかない魅力を生み出しているのだ。「エコ」と「美しさ」の共存である。

「編集」と「デザイン」、あともう一つ重要なクリエイティビティ(創造性)、これらの能力を持ち合わせているのは誰だろうか?
いうまでもなく、デザイナーである。

デジタルファブリケーションなどのFAB環境の普及により、モノの分解と再構成、モノづくりの規格化のハードルが下がった今、ハードの面においても、クリエイティブリユースの環境は整ってきたと言える。これは、一般市民が、自分の暮らしを豊かにするために、自分だけのクリエイティブリユースをおこなうこともできるようになる、ということである。技術環境は整いつつある、あとはきっかけさえあれば、このムーブメントが大きくなる可能性は大いに考えうることだ。

デザイナーにできることはなんだろう。
それは、自らが持つスキルを伝達し、クリエイティブリユースを生み出すコミュニティを作ることではないだろうか。
廃材の収集、解体、分解、管理、活用方法リサーチなど、小さな規模でこれらのことをおこなうことは難しい。クリエイティブリユースを本当の意味で大きくするには、企業や消費者を巻き込むような大きなコミュニティを築き上げることは必要不可欠になってくる。
デザイナーはコミュニティデザインの知見を求められることになるだろう。未来を先読むデザイナーはその必要性を感じ、先立って行動を起こしていくのではないだろうか。

ともあれ、まずはモノによる豊かさについて、デザイナーのみならず、みんながそれぞれ考えてみることが大切ではないだろうかと思う。
あたえられるだけの存在になっていないだろうか。自分の暮らしを本当に豊かにしてくれるものは、大量生産品の中にはないということもあるだろう。
もしかしたらそれは自分で作ったほうが良いかもしれない。そうすれば、材料はどうしようか?その答えはもしかすると廃材にあるかもしれない。
世界中にある多種多様の廃材たちはリデザインによって再び生まれ変わることを今か今かと待ちわびている。


クリエイティブリユース―廃材と循環するモノ・コト・ヒト

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フライターグ 物語をつむぐバッグ

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