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デザイナーは「FAB」で何ができるか?

FABに関する記事、書籍、講演会についての感想及びレビュー

FABはデザイナーの価値を奪うのか?

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3Dプリンターや、レーザーカッター、CNCミリングマシンといったデジタルファブリケ—ションが、専門知識の持たない一般の人に対して、ものづくりのハードルを下げる役割を果たしているのは、自分の経験からいっても間違いないことだ。
PlotterDrawing(http://www.hiromasa-fukaji.com/#!concept/xphfz)のペンマウントアダプタのような、治具を作りたい場合には3Dプリンターはもってこいだと思うし、レーザーカッターを使えば、木材やアクリル、布といった素材の正確な寸法のパーツを手作業より「綺麗に」「早く」「量産」することが出来る。

これらの機械たちのおかげでラピッドプロトタイプが可能になったことで、試行錯誤が出来るようになったのもものづくりを加速させる大きな要因である。
失敗してもまたやり直せば良いのだ。パラメータは数値としてストックされるので微調整は容易だし、何度やり直しても、体力的な疲弊はない。
こういった状態は作り手のモチベーション向上に繋がり、結果モノづくりを加速させることになる。

ものづくりの環境は徐々にだが、確実に良くなってきている。
デジタルファブリケ—ションの低価格化によって、個人でも大体の機材一式は揃えられるようになった。無料の3DCADソフトもでてきており、誰でも3Dデータを作り、3Dプリンターで出力可能になった。
SONYのMESH(http://meshprj.com/jp/)は、難しいプログラミングや電子工作の知識がなくてもIoTを取り入れたものづくりまで簡単に実現するツールであり、これは一般に人たちのものづくりの幅を広げる革新的な存在になるだろう。
これらはほんの一例だが、一般人をものづくりに参与させるようなサービス・ツールはどんどん増えてきていて、「ものづくりの大衆化」の流れを強く感じる。

ものづくりの「場作り」についても同じことが言える。
FabLabをはじめとするデジタルファブリケーション機材を揃えた共同工作場は少しづつ増えてきており、一般人をものづくりに引き込むようなワークショップ等のイベントも毎日のように目にするようになった。
ものづくりのための「道具」と「コミュニティ」の環境は整いつつある。

課題はある。身をもって感じているのは、まだまだコンテンツが足りていないということだ。
一般人をものづくりに駆り立てるような魅力的なコンテンツがまだないのだ。3Dプリンタで出力できるのはフィギュアだけではない。
見た人が作りたくなるようもののアイデアがもっとたくさん必要だ。
このあたりはブランディングや広報的な側面も重要になってくるのだろう。
ともかく、「魅力的なレシピ」をもっと増やさなければならない。

とはいえ、僕自身は誰もがメイカーになりそれぞれが個性豊かでエッジの効いたものを作り出す時代の到来を期待している。

世界的な動きとして、米国のオバマ政権は「NFNL(National Fab Lab Network)」の設立を宣言し、市民のための実験工房であるファブラボ(Fablab)を、10年以内に70万人につき1ヵ所建設することをゴールとした。
それに加えて、全米の小学校に、ファブラボが備えるデジタル工作機械を導入することも進めている。
アメリカだけではない、多くの先進国がFABを重要視し、それを広めるべく動き出している。

ここで、一人のデザイナーとして考えなければならない問題に直面する。
仮にFABによって一般人がものづくりのスキルを得たとする。
そうなったとき「デザイナーの存在価値はどうなるか」という問題だ。

この問いに対して、
『FABに何が可能か「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考』
(フィルムアート社、2013年)
第4章「FABが職業を変える」
水野大二郎+太田知也 (著)
の中で一つの回答がなされていたので、自分なりの解釈と考えを少しまとめたいと思う。

本章の内容を要約すると以下のようになる。

①FAB(FabLab)が広く浸透していった未来では、全ての人が複雑なデザインプロセスを実現させられるようになる。

②その結果、FABは「デザイナーだけがものづくりをおこなう」という特権性をデザイナーから奪う。

③FABによってものづくりが可能になった従来のユーザたちは、大量生産品を与えられるだけの存在ではなくなり、積極的にものづくりのプロセスに参加し、自分たちが本当に満足できるものを求めだす。

④デザイナーに求められる役割は完成品の提案ではなくなり、ユーザをものづくりに参与させ、体験という付加価値によってユーザを満足させるようなファシリテーターとしての立ち回りが必要となってくる。

これを受けて、僕なりの考えを少し書きたいと思う。

デザイナーは良いプロダクトを生み出すために、そのプロセスとして
「誰のために」「どこで使ってもらうべく」
「どのような形を」「どのような材料で」
「どのような工法で」「どうやって流通、販売させるか」
というような様々な要素の検討を行っており、これらの複雑なプロセスをクリアにできるのが、デザイナーとしての職能であり、価値である。
FABは、それが内包する二つの要素「パーソナル・ファブリケ—ション」と「デジタル・ファブリケ—ション」によって、デザイナーがしてきた複雑なプロセスを従来のユーザが出来てしまうようにする、と著者は述べ、
そして、「デザイナーだけがものづくりをおこなう」という考え方はなくなるとも言っている。

確かに、デジタルファブリケ—ションは一般人のものづくりを可能にする道具になるし、FabLabはものづくりのためのバックグラウンドを与えてくれる場になりうるだろう。
しかしながら、すべての人が今いるプロのデザイナーの職能を得るまでには至らないだろう。
プロとアマでは意識や姿勢といった点で、異なるものとなるからだ。
『◯◯化するデザイン』の中で、田中浩也氏は次はように述べている。

「ファブラボには、既製品の椅子を分解し、最終的に参加者が自分の椅子をつくるというプログラムがあります。〔中略〕実際にやってみると、デザイナーがつくった椅子の凄さが逆によくわかるんですね。自分でつくれるようになったことで、世の中のデザインの凄さを測る尺度がそれぞれの中で生まれるんです。」
(『◯◯化するデザイン』誠文堂新光社、2015年、51ページ)

一般人がデザインとの距離が近づくことで、プロのデザイナーの価値が顕在化し、より評価を得れるようになると考えられる。
これは僕が考える最も理想的な状況である。

とはいえ、一般人がデザイナーのスキルのいくらかを得ることにはなるだろう。
簡単にいうとFABが一般化した社会では、一般人がデザイン学生くらいのスキルをもちあわせている状態になるということだ。
このような一般人を僕は「市民デザイナー」と名付けることにする。
FABが一般化した社会では、市民デザイナーとプロのデザイナーが共生することになる。
この社会において、デザイナーへの要求レベルは今より高くなり、デザイナーは市民デザイナーとの明確なレベルの差を示さなければならなくなる。
市民がデザイナー化した社会ではスキルのもたないデザイナーは今までより顕著に淘汰されていくことになるだろう。

FABが一般化した社会では、一般人がものづくり出来るようになり、市民デザイナーになる。それによって、彼らが求める「もの」へのニーズも変化するだろう。
ものづくりのスキルを得た市民デザイナーは、従来の大量生産品を与えられるだけでは満足しなくなり、より自分の欲求を満たすものを求めて、ものづくりのプロセスに参加したり、自分たちで作ろうとしたりすることになる。
従来のデザイナーが作り出して提供していたものをユーザが買わなくなってくるということである。
デザイナーはユーザに対するアプローチを変更しなければならない。

市民デザイナーは自らが本当に求めるものを得る為に、それを手に入れるための方法と、方法を知る事ができるコミュニティを探し出す。そして、ワークショップやセミナーに参加する人が増えるだろう。
デザイナーは市民デザイナーの、本当に満足できるものが欲しい、というニーズに答える必要がでてくる。
そのためにデザイナーが求められるのは、市民デザイナーに足りない部分を補完したり、市民デザイナーが上手くデザインできるように先導していくといったような、ファシリテーターとしてのスキルになるだろう。
このような、完成品を提案するだけではなく、ユーザにものづくりに参与させ、体験という付加価値によってユーザを満足させるファシリテーションを行うデザイナーを著者は「メタデザイナー」と呼んでいる。
FAB社会に必要になってくるのはメタデザイナーとしての職能になるだろう。
ユーザ中心型の設計はデザイン手法として、従来から取り組まれているが、一般人が市民デザイナーとなったFAB社会では、少し変化する。
従来のユーザは情報を与えるだけの受け身の姿勢だったが、自らものづくりが出来る市民デザイナーはものづくりに積極的に関わろうとするだろう。
ユーザ中心設計のやり方もそれに合わせて変えていく必要がある。

結果として、市民デザイナーはメタデザイナーを求めることになるはずだ。
本当に満足できるものを手にいれるためにはメタデザイナーが整備した環境を与えられる必要があるからである。
環境とはデータベース、ものづくりの場、メディアのことを表し、メタデザイナーはこれらの環境をデザインすることでユーザの本当に必要なものを自ら作り出すことを促す。市民デザイナーはメタデザイナーにその対価を支払うことになるだろう。
メタデザイナーは「もの」でなく「環境」をデザインする存在なのである。

以上、FABが一般化することによる社会への変化をユーザとデザイナーの二者の視点から述べてみた。
デザイナーはいつの時代も人々のニーズを考える存在であり、FABが一般化した社会においてもそれは変わらない。
FABが広がることで、果たして一般人がみな市民デザイナーになるのか、それはわからない。
しかし、FABに寄り添うデザイナーとして、その動向を注意深く追っていきたいと強く思う。

MESH Bundle 4

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FABに何が可能か  「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考

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  • 作者: 田中浩也,門田和雄,久保田晃弘,城一裕,渡辺ゆうか,津田和俊,岩嵜博論,すすたわり,水野大二郎,太田知也,松井茂
  • 出版社/メーカー: フィルムアート社
  • 発売日: 2013/08/26
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