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デザイナーは「FAB」で何ができるか?

FABに関する記事、書籍、講演会についての感想及びレビュー

倉敷市玉島 “ IDEA R LAB ” で感じた「豊かさ」について

5月3日、GWの真ん中で岡山は倉敷市、玉島へ行ってきました。
訪ねたのは「IDEA R LAB」。日本初のクリエイティブリユースの拠点であり、クリエイティブリユースのための情報プラットフォーム、実験室、レジデンスとしての機能を果たしている場所です。
(IDEA R LAB http://www.idea-r-lab.jp/
クリエイティブリユースとは、家庭や企業から日常的に生み出される廃材をそのまま廃棄せず、人のクリエイティビティー(創造性)を使って、これまで見たこともなかった素敵なものに生まれ変わらせる取り組みのこと。

「クリエイティブリユース―廃材と循環するモノ・コト・ヒト」を読み、その魅力と可能性を感じた僕は、勢いで見学の予約をし、その場所を見に行くことにした。本の著者であり、IDEA R LAB 主宰である大月ヒロ子さんは急な連絡で(しかも会ったこともない)僕の申し出に対して、あっさりと快諾してくれたのですが、今思えばIDEA R LABのオープンでウェルカムな空気感はその時からすでに漂っていました。

新倉敷駅からバスで10分ほど移動し、玉島中央町のバス停を降りて5分ほど歩いたところに、焼杉の壁に囲まれ、大きなガラス窓が構えられた建物がある。そこが、IDEA R LABです。

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玉島は、かつて北前船の漁港・卸の街として栄えた町らしく、江戸時代からあるような古い蔵や家屋がたくさんありました。
都心や郊外では見られない、ゆったりとした町の雰囲気と、当時の趣のまま残されている建物がもつ世界観は、都心の慌ただしさを忘れさせてくれます。
そんな古き良き玉島の地にあるIDEA R LABはクリエイティビティという点で周りの建物とはまた違う感じの雰囲気をもっていました。
実家である古民家を改装して作られたというその建物はクリエイティブリユースに必要な「美意識」と「編集」が感じられました。
都会のオシャレスポットみたいなところに建っていてもおかしくない洗練された格好良さがあるのですが、玉島の街並みにもとても馴染んでいました。

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中に入ると、卓球台のテーブルが置かれた、白い空間が広がります。床はグレーで塗られたベニヤが敷かれており、それもまた格好良い。
ここでワークショップなどが開かれるそうなのですが、このスペースは全面ガラス戸になっているので、様子は丸わかり。IDEA R RABのオープンな空気はそこからも強く感じられます。

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かつて木造の母屋だった所は、訪れる人たちが宿泊できる場として改修されています。中央のガラス戸のスペースとはうってかわって重厚な畳の空間で、小説家が執筆でもしてそうな、とても落ち着ける場所になっていました。

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IDEA R LABと同じ通り沿いにある、廃材の収集・整理・ストックの実験を行う「マテリアルライブラリー」。元々熱帯魚店だったところを改装したとのこと。
廃材を丁寧に選別し、整理整頓されて美しく並べられた「廃材の編集」を垣間見ることができる空間になっていました。

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このように編集・整理された廃材が持つものづくりのインスピレーションのパワーは本当にすごいです。
ゴミになるはずだった廃材が、このように整理されることで見た人をワクワクさせる「素材」になる、これがクリエイティブリユースにおいて最も大事なポイントだと僕は思います。モノ自体は何も変わらないのに、その価値を変化させることができる「デザイン」がもつ力を改めて感じました。
ライブラリーにある素材はワークショップ用ということで、販売はされていないとのこと。歯がゆさを感じながらも、これはまた来るしかないな…、と僕は強く思ったのでした。

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ライブラリーにはクリエイティブリユースで生まれたプロダクトも展示されており、カセットテープを利用したケース、レコードを利用したバッグなど、お店では絶対売っていないようなクリエイティブリユースならではのモノがたくさんありました。
プロダクトを作る際にもまたデザインの重要性を強く感じます。素材のマッチングや形や余白の活かし方など、プロの手にかかれば廃材は一点モノのどこでも買うことができない魅力的なプロダクトになるのです。

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ライブラリー内にはFABスペースもあり、カッティングプロッタ・3Dプリンター・レーザーカッター・CNCミリングマシンなど、一通りの機材が揃っており、非常に贅沢な空間となっておりました。機材の活用はまだそこまでされてなさそうでしたので、今後の発展に期待です。これだけ多様なマテリアルとFABツール一式が揃った空間、羨ましいという言葉しか出ず。なんでもできそうな気がする、可能性無限大の空間です。

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マテリアル・ライブラリー見学の後は、IDEA R LABの向かいにある畑へ。ここの畑で大月さんはご近所の方々とみんな野菜を育てているそうで、レモングラス、ミント、さくらんぼ、大葉、フキ、ネギなどいろんな作物が育っていました。
大月さんが「今日の晩御飯の材料をここから調達しよう」と言い、籠とハサミを手渡され、最初はびっくりしたのですが、気づけば収穫を楽しんでいる自分がいました。

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ラボには立派なキッチンもあり、町の皆さんとよく一緒に料理をされるそうです。
それぞれが持ち寄った食材を使って、料理を楽しむシェアキッチン、こういったコミュニケーションは町全体がゆるやかにつながっている玉島ならではだと思います。
一緒に収穫して、料理して、食事を楽しむ、たった1日の体験だったのですが、普段感じることのできない暮らしの「豊かさ」みたいなものを感じました。
廃材ワークショップも料理も、そういうコミュニケーションを促すという意味では一緒なのかもしれません。
そういった意味で、IDEA R LABは「ガラス戸のワークショップスペース」、「シェアキッチン」、「参加者が休憩できる母屋スペース」、肩肘をはらずにたくさんの人とコミュニティを作れるとても良い環境が整っているように感じます。
それが、玉島の土地性ととてもフィットしている。
この土地を良く知る大月さんだからこそできた空間作りではないでしょうか。

自分たちで収穫したフキとさくらんぼ、近所の方からいただいたトマト、スーパーで買ったタコを調理し、美味しい夜ご飯をいただきました。



今回、ワークショップ参加はせず、見学だけという形でしたが、それだけでこの空間が持つ良さを強く感じることができました。
玉島に訪れるまでは、なぜこの場所にクリエイティブリユースの拠点を作ったのだろうと正直思っていました。
ムーブメントを起こすには、ツールやデザイナーの環境も整っている都心のほうが良いのでは、という感覚がありました。
しかし、実際訪れて、体感してみると1日もあれば、その理由がわかります。
IDEA R LAB は単なる空間ではなく、コミュニティそのものです。
そして、大月さんとその周りを取り巻くコアメンバーの方々の人格がそのコミュニティの色になっているのです。
感じたのは、背伸びのしない身の丈にあった生活を送るという考え方です。
自分たちが幸せや豊かさを感じられる範囲の活動で無理をせずに、身近なところから活動を広げておられます。けれど、ゆっくりとですが、確実にその輪は広がっています。
おそらく大月さんはちょうどよい大きさの感覚がわかっているんだと思います。
「豊かさ」を失わないためにはどうすればいいか、ということを。

色々なコミュニティがあってよいのだと思います。ファブラボといったような、一般市民がオープンなコミュニティをつくって「ものづくりによる暮らしの豊かさ」について各々が考え、行動するような流れが今の日本にはあります。
中には、IDEA R LABと同じように廃材を再利用する取り組みをホームセンターと協力して行っているファブラボもあったりしますが、それぞれのコミュニティの色は違います。商売に結びつけたりつけなかったり、アートにふったり、デザインにふったり、それはそのコミュニティの主宰者やコアメンバーの考え方次第に変わると思います。
廃材に着目してみても、IDEA R LABと中間処理業のナカダイとホームセンターでは扱うものがそれぞれ違います。
大切なのは、それぞれが日々の暮らしを、受動的ではなく、能動的に生きようとすることだと思います。大げさな言い方かもしれませんが、コミュニティにはそういった力を感じますし、僕はそこに惹かれています。

IDEA R LABのようなコミュニティが日本中にもっとたくさんできれば良いな、と思います。重要なのは大きさではなく、数だと思います。
コミュニティ同士でも協力し合い、各々の活動を尊重する、そんな環境が整っていけば、毎日がより楽しくなるかもしれません。

とにもかくにも、玉島とIDEA R LABは本当に良いところでした。
地域コミュニティの良さの印象が強くて、クリエイティブ・リユースについてあまりふれられなかったので、次はそちらのレポートをしたいと思います。

必ずまた行きます、玉島。

「編集とデザイン」からみるクリエイティブリユース

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「現在、私たちの住んでいる日本には、モノが溢れている。まめに廃棄したりリサイクルショップやガレージセールに出したとしてもなかなか片付かないほどだ。しかし不思議なことに、何かものづくりをしたいと思った時に、手頃な素材は身の回りでは見つからない。私たちは、これだけモノが溢れている中で、肝心な創作のための素材は一から買い求めなければならないという、妙に非効率な環境で生活している。」

『クリエイティブリユース―廃材と循環するモノ・コト・ヒト』の序文で、著者である大月ヒロ子さんはこのように述べている。
この記述を読んだ僕は、その通りだ、という納得の気持ち以上に、ショックの気持ちが強かった。買っては使い捨てるという一連の流れを当たり前のように繰り返してしまっていることに対して違和感を覚えなくなってしまっていたからだ。

大月さんは続いて、以下のように述べる。

「「必要と不必要のバランス」が経済の仕組みの中で、徐々に壊れてしまったのではないだろうか。つくる技術も、つくる場も外へ外へと出払ってしまい、気付けば私たちが持っていた「手の知性」が失われていたというのが今の日本だ。工夫して自分自身でつくることが、安い商品を買うより高くつくと思い込んでいる人は多いが、長い目で見れば、それははなはだ怪しい。消費こそが経済を回す一番のエンジンだと信じて疑わなかった時代は終わった。大量生産・大量廃棄は環境を破壊するだけでなく、私たちの暮らしの中にあった文化も消し去ろうとしている。」

本書で著者が伝えたいことは「本当の豊かさ」とはなんなのか、ということだ。
状況は変わってきている。資源は有限であり、生産するにも、廃棄するにも、地球環境に悪影響が及ぶのは自明のことである。環境のことを考えながら暮らしていくことは今や地球に住む全員への至上命題だろう。
また、消費者は「モノ」に付加価値を求め出しつつあり、FAB環境の普及により、消費者は自らモノを作り出す「生産消費者」になりつつある。
与えられるだけの存在に満足しなくなってきている。

豊かさを大量生産品から得るという時代は変わりつつある、という考えに個人的には強く賛同したい。
友人からもらった手作りのTシャツを着ているとき、既製服では感じられない幸福感が確かにある。
利便性と安さの大量生産品の恩恵を否定することはできない。けれども、豊かさについて一度立ち止まって考えてみると、選択肢は一つではないはずだ。



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このような「今」に、フィットする要素を多分に含んでいるのが「クリエイティブリユース」だ。
クリエイティブリユースとは、家庭や企業から日常的に生み出される廃材をそのまま廃棄せず、人のクリエイティビティー(創造性)を使って、これまで見たこともなかった素敵なものに生まれ変わらせる取り組みのことである。
クリエイティブリユースによって生み出されたプロダクトは、廃材を使用しているが故に生まれる一点モノとしての魅力があり、またリユースがもつストーリー性も相まってユーザに大量生産品にはない価値を与えてくれる。
諸外国においては、クリエイティブリユースの様々な実践や試みは既になされている。最もわかりやすい例のひとつは、「FREITAG」(フライターグ)というブランドだ。廃棄されるトラックの幌やシートベルト、自転車のインナーチューブを再利用してバッグや財布などをつくっている。少々の汚れも個性として受け入れられており、同じモノがないという点も購買欲を刺激する要素となっている。http://www.freitag.ch/


筆者は本書で、クリエイティブリユースのプロセスについて「廃材の調査→収集→分類・整理→開発→制作→流通・販売→啓発」という大きな流れがあると述べている。このプロセスを言い換えると、多種多様に存在する廃材について、それぞれの特性を理解し解釈し、それぞれについて最適な見せ方を考えるということである。
これはまさに「編集」と「デザイン」の作業である。ここに、リサイクルとクリエイティブリユースの大きな違いがある。
「リサイクル」は、「エコ」の部分に重点が置かれているので、モノとして魅力的かといえば、そうとは言えないものがほとんどである。
「クリエイティブリユース」は、そうではない。「編集」と「デザイン」という視点によって廃材の持つ個性を最大限に活かして、廃材にしかない魅力を生み出しているのだ。「エコ」と「美しさ」の共存である。

「編集」と「デザイン」、あともう一つ重要なクリエイティビティ(創造性)、これらの能力を持ち合わせているのは誰だろうか?
いうまでもなく、デザイナーである。

デジタルファブリケーションなどのFAB環境の普及により、モノの分解と再構成、モノづくりの規格化のハードルが下がった今、ハードの面においても、クリエイティブリユースの環境は整ってきたと言える。これは、一般市民が、自分の暮らしを豊かにするために、自分だけのクリエイティブリユースをおこなうこともできるようになる、ということである。技術環境は整いつつある、あとはきっかけさえあれば、このムーブメントが大きくなる可能性は大いに考えうることだ。

デザイナーにできることはなんだろう。
それは、自らが持つスキルを伝達し、クリエイティブリユースを生み出すコミュニティを作ることではないだろうか。
廃材の収集、解体、分解、管理、活用方法リサーチなど、小さな規模でこれらのことをおこなうことは難しい。クリエイティブリユースを本当の意味で大きくするには、企業や消費者を巻き込むような大きなコミュニティを築き上げることは必要不可欠になってくる。
デザイナーはコミュニティデザインの知見を求められることになるだろう。未来を先読むデザイナーはその必要性を感じ、先立って行動を起こしていくのではないだろうか。

ともあれ、まずはモノによる豊かさについて、デザイナーのみならず、みんながそれぞれ考えてみることが大切ではないだろうかと思う。
あたえられるだけの存在になっていないだろうか。自分の暮らしを本当に豊かにしてくれるものは、大量生産品の中にはないということもあるだろう。
もしかしたらそれは自分で作ったほうが良いかもしれない。そうすれば、材料はどうしようか?その答えはもしかすると廃材にあるかもしれない。
世界中にある多種多様の廃材たちはリデザインによって再び生まれ変わることを今か今かと待ちわびている。


クリエイティブリユース―廃材と循環するモノ・コト・ヒト

クリエイティブリユース―廃材と循環するモノ・コト・ヒト

フライターグ 物語をつむぐバッグ

フライターグ 物語をつむぐバッグ

FABはデザイナーの価値を奪うのか?

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3Dプリンターや、レーザーカッター、CNCミリングマシンといったデジタルファブリケ—ションが、専門知識の持たない一般の人に対して、ものづくりのハードルを下げる役割を果たしているのは、自分の経験からいっても間違いないことだ。
PlotterDrawing(http://www.hiromasa-fukaji.com/#!concept/xphfz)のペンマウントアダプタのような、治具を作りたい場合には3Dプリンターはもってこいだと思うし、レーザーカッターを使えば、木材やアクリル、布といった素材の正確な寸法のパーツを手作業より「綺麗に」「早く」「量産」することが出来る。

これらの機械たちのおかげでラピッドプロトタイプが可能になったことで、試行錯誤が出来るようになったのもものづくりを加速させる大きな要因である。
失敗してもまたやり直せば良いのだ。パラメータは数値としてストックされるので微調整は容易だし、何度やり直しても、体力的な疲弊はない。
こういった状態は作り手のモチベーション向上に繋がり、結果モノづくりを加速させることになる。

ものづくりの環境は徐々にだが、確実に良くなってきている。
デジタルファブリケ—ションの低価格化によって、個人でも大体の機材一式は揃えられるようになった。無料の3DCADソフトもでてきており、誰でも3Dデータを作り、3Dプリンターで出力可能になった。
SONYのMESH(http://meshprj.com/jp/)は、難しいプログラミングや電子工作の知識がなくてもIoTを取り入れたものづくりまで簡単に実現するツールであり、これは一般に人たちのものづくりの幅を広げる革新的な存在になるだろう。
これらはほんの一例だが、一般人をものづくりに参与させるようなサービス・ツールはどんどん増えてきていて、「ものづくりの大衆化」の流れを強く感じる。

ものづくりの「場作り」についても同じことが言える。
FabLabをはじめとするデジタルファブリケーション機材を揃えた共同工作場は少しづつ増えてきており、一般人をものづくりに引き込むようなワークショップ等のイベントも毎日のように目にするようになった。
ものづくりのための「道具」と「コミュニティ」の環境は整いつつある。

課題はある。身をもって感じているのは、まだまだコンテンツが足りていないということだ。
一般人をものづくりに駆り立てるような魅力的なコンテンツがまだないのだ。3Dプリンタで出力できるのはフィギュアだけではない。
見た人が作りたくなるようもののアイデアがもっとたくさん必要だ。
このあたりはブランディングや広報的な側面も重要になってくるのだろう。
ともかく、「魅力的なレシピ」をもっと増やさなければならない。

とはいえ、僕自身は誰もがメイカーになりそれぞれが個性豊かでエッジの効いたものを作り出す時代の到来を期待している。

世界的な動きとして、米国のオバマ政権は「NFNL(National Fab Lab Network)」の設立を宣言し、市民のための実験工房であるファブラボ(Fablab)を、10年以内に70万人につき1ヵ所建設することをゴールとした。
それに加えて、全米の小学校に、ファブラボが備えるデジタル工作機械を導入することも進めている。
アメリカだけではない、多くの先進国がFABを重要視し、それを広めるべく動き出している。

ここで、一人のデザイナーとして考えなければならない問題に直面する。
仮にFABによって一般人がものづくりのスキルを得たとする。
そうなったとき「デザイナーの存在価値はどうなるか」という問題だ。

この問いに対して、
『FABに何が可能か「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考』
(フィルムアート社、2013年)
第4章「FABが職業を変える」
水野大二郎+太田知也 (著)
の中で一つの回答がなされていたので、自分なりの解釈と考えを少しまとめたいと思う。

本章の内容を要約すると以下のようになる。

①FAB(FabLab)が広く浸透していった未来では、全ての人が複雑なデザインプロセスを実現させられるようになる。

②その結果、FABは「デザイナーだけがものづくりをおこなう」という特権性をデザイナーから奪う。

③FABによってものづくりが可能になった従来のユーザたちは、大量生産品を与えられるだけの存在ではなくなり、積極的にものづくりのプロセスに参加し、自分たちが本当に満足できるものを求めだす。

④デザイナーに求められる役割は完成品の提案ではなくなり、ユーザをものづくりに参与させ、体験という付加価値によってユーザを満足させるようなファシリテーターとしての立ち回りが必要となってくる。

これを受けて、僕なりの考えを少し書きたいと思う。

デザイナーは良いプロダクトを生み出すために、そのプロセスとして
「誰のために」「どこで使ってもらうべく」
「どのような形を」「どのような材料で」
「どのような工法で」「どうやって流通、販売させるか」
というような様々な要素の検討を行っており、これらの複雑なプロセスをクリアにできるのが、デザイナーとしての職能であり、価値である。
FABは、それが内包する二つの要素「パーソナル・ファブリケ—ション」と「デジタル・ファブリケ—ション」によって、デザイナーがしてきた複雑なプロセスを従来のユーザが出来てしまうようにする、と著者は述べ、
そして、「デザイナーだけがものづくりをおこなう」という考え方はなくなるとも言っている。

確かに、デジタルファブリケ—ションは一般人のものづくりを可能にする道具になるし、FabLabはものづくりのためのバックグラウンドを与えてくれる場になりうるだろう。
しかしながら、すべての人が今いるプロのデザイナーの職能を得るまでには至らないだろう。
プロとアマでは意識や姿勢といった点で、異なるものとなるからだ。
『◯◯化するデザイン』の中で、田中浩也氏は次はように述べている。

「ファブラボには、既製品の椅子を分解し、最終的に参加者が自分の椅子をつくるというプログラムがあります。〔中略〕実際にやってみると、デザイナーがつくった椅子の凄さが逆によくわかるんですね。自分でつくれるようになったことで、世の中のデザインの凄さを測る尺度がそれぞれの中で生まれるんです。」
(『◯◯化するデザイン』誠文堂新光社、2015年、51ページ)

一般人がデザインとの距離が近づくことで、プロのデザイナーの価値が顕在化し、より評価を得れるようになると考えられる。
これは僕が考える最も理想的な状況である。

とはいえ、一般人がデザイナーのスキルのいくらかを得ることにはなるだろう。
簡単にいうとFABが一般化した社会では、一般人がデザイン学生くらいのスキルをもちあわせている状態になるということだ。
このような一般人を僕は「市民デザイナー」と名付けることにする。
FABが一般化した社会では、市民デザイナーとプロのデザイナーが共生することになる。
この社会において、デザイナーへの要求レベルは今より高くなり、デザイナーは市民デザイナーとの明確なレベルの差を示さなければならなくなる。
市民がデザイナー化した社会ではスキルのもたないデザイナーは今までより顕著に淘汰されていくことになるだろう。

FABが一般化した社会では、一般人がものづくり出来るようになり、市民デザイナーになる。それによって、彼らが求める「もの」へのニーズも変化するだろう。
ものづくりのスキルを得た市民デザイナーは、従来の大量生産品を与えられるだけでは満足しなくなり、より自分の欲求を満たすものを求めて、ものづくりのプロセスに参加したり、自分たちで作ろうとしたりすることになる。
従来のデザイナーが作り出して提供していたものをユーザが買わなくなってくるということである。
デザイナーはユーザに対するアプローチを変更しなければならない。

市民デザイナーは自らが本当に求めるものを得る為に、それを手に入れるための方法と、方法を知る事ができるコミュニティを探し出す。そして、ワークショップやセミナーに参加する人が増えるだろう。
デザイナーは市民デザイナーの、本当に満足できるものが欲しい、というニーズに答える必要がでてくる。
そのためにデザイナーが求められるのは、市民デザイナーに足りない部分を補完したり、市民デザイナーが上手くデザインできるように先導していくといったような、ファシリテーターとしてのスキルになるだろう。
このような、完成品を提案するだけではなく、ユーザにものづくりに参与させ、体験という付加価値によってユーザを満足させるファシリテーションを行うデザイナーを著者は「メタデザイナー」と呼んでいる。
FAB社会に必要になってくるのはメタデザイナーとしての職能になるだろう。
ユーザ中心型の設計はデザイン手法として、従来から取り組まれているが、一般人が市民デザイナーとなったFAB社会では、少し変化する。
従来のユーザは情報を与えるだけの受け身の姿勢だったが、自らものづくりが出来る市民デザイナーはものづくりに積極的に関わろうとするだろう。
ユーザ中心設計のやり方もそれに合わせて変えていく必要がある。

結果として、市民デザイナーはメタデザイナーを求めることになるはずだ。
本当に満足できるものを手にいれるためにはメタデザイナーが整備した環境を与えられる必要があるからである。
環境とはデータベース、ものづくりの場、メディアのことを表し、メタデザイナーはこれらの環境をデザインすることでユーザの本当に必要なものを自ら作り出すことを促す。市民デザイナーはメタデザイナーにその対価を支払うことになるだろう。
メタデザイナーは「もの」でなく「環境」をデザインする存在なのである。

以上、FABが一般化することによる社会への変化をユーザとデザイナーの二者の視点から述べてみた。
デザイナーはいつの時代も人々のニーズを考える存在であり、FABが一般化した社会においてもそれは変わらない。
FABが広がることで、果たして一般人がみな市民デザイナーになるのか、それはわからない。
しかし、FABに寄り添うデザイナーとして、その動向を注意深く追っていきたいと強く思う。

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FABに何が可能か  「つくりながら生きる」21世紀の野生の思考

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  • 作者: 田中浩也,門田和雄,久保田晃弘,城一裕,渡辺ゆうか,津田和俊,岩嵜博論,すすたわり,水野大二郎,太田知也,松井茂
  • 出版社/メーカー: フィルムアート社
  • 発売日: 2013/08/26
  • メディア: 単行本
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FABと福祉 GOODJOB!セミナーに参加して

2月28日(日)にグランフロント大阪で開催されていたGOODJOB!展とGOODJOB!セミナーに参加した。

GOODJOB!展とは、障害のある人達の活動をアーカイブしたものであり、キーワードとして「新しい仕事」という言葉が挙げられている。
GOODJOB!AWARDと題して展示されていた作品の中には独創的でユニークなものが多くあり、障害のある人達の可能性を活かした取り組みになっていた
http://exhibition.goodjobproject.com/exhibitor/作品一覧ページ

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GOODJOB!展 会場の様子

それでは、どうすれば障害の中から新しい仕事を生み出すことが出来るのか?
その答えはGOODJOB!展に紐づく形で実施されたGOODJOB!セミナーの中で教えてもらうことができた。

GOODJOB!セミナーのメインテーマは「FABと福祉」。
福祉とデザインというカテゴリーについては、学芸出版社の「インクルーシブデザイン: 社会の課題を解決する参加型デザイン」(ジュリア カセム (著, 編集), 平井 康之 (著, 編集), 塩瀬 隆之 (著, 編集), 森下 静香 (著, 編集))で取り上げられていたたんぽぽの家の事例を既に知っていたが、FABという要素がどう絡んでくるのか興味を惹かれ、すぐに申し込みをした。

セミナーでは
水野大二郎さん(慶應義塾大学環境情報学部准教授)
三野晃一さん、藤川千尋さん(カガワ3Dプリンタfunコミュニティ“不便改善グッズ”チーム)
吉行良平さん(吉行良平と仕事)藤井克英さん(GOODJOB!センター設立準備室)
といった方々が登壇されていた。

それぞれの講演内容について、順を追って振り返っていきたい。

◉水野大二郎さん(慶應義塾大学環境情報学部准教授)

水野さんはIoTとFABが未来の仕事や暮らしをどう変えていく可能性があるのか、総務省での実際の取り組みを軸に社会的な視点を交えてお話をされていた。
日本産業の未来の形として、IoTなどのテクノロジーが発達していくことで、既存の工場は、「スマート工場」化し、大量生産品と同価格のオーダーメイド品が作られるような未来が来る、と水野さんは述べた。その例としてUNIQLOUNIQLO CUSTOMIZE、JINSJINS PAINTなどを挙げられていた。
確かに、最近はFAB(主に3Dプリンター)を活かしたオーダーメイドサービスが増えている印象があったが、インダストリー4.0と呼ばれる産業の形を変える取り組みは、そのレベル感の話ではないのだろう。
極端な話、オーダーメイドのプロダクトを100均で買えるようになるかもしれない、ということである。
こういった未来の予測に対して、水野さんは「Design by People」という考え方を主張していた。
これは一人一人が満足できるものを自分で作れる環境を作り出すことで、大量生産品にはない価値を見出そうという考え方である。
そして、そのためには必要なものが「FAB」である。
FABは機材、ソフトウェア、素材、データ形式の理解を促進し、小規模ビジネスのための「共感」に基づく生態系を構築する手助けとなる。
購入者自身が価値づける「体験」によって大量生産品では得られないものを得られる可能性を秘めている。
水野さんのお話を聞いて、FABは社会を作ることができるかもしれないと感じた。その第一歩として、まずは福祉から、ということなのだろう。
水野さんはFAB社会の構築のために法・社会制度についての手引きを作っているとのこと。
FABに通じる一人のデザイナーとして、注目せずにはいられないだろう。


◉三野晃一さん、藤川千尋さん(カガワ3Dプリンタfunコミュニティ“不便改善グッズ”チーム)http://sunsun3d.jimdo.com/


カガワ3Dプリンタfunコミュニティ“不便改善グッズ”チームの三野晃一さん、藤川千尋さんは、障害のある方と3Dプリンターとの関わり合いの実例をお話されていた。
3Dプリンターは、使用するにあたってあまり体力を必要としないし、体が不自由な人でも扱うことが可能である。
また、個人にカスタマイズすることができるという特徴を持つ3Dプリンターはマイノリティになってしまい大量生産品の恩恵を受けられない障害者の方々を救う可能性を秘めている。それらの点からも、FAB と福祉の相性は良いのだろうと感じた。
藤川さんの言葉で3Dプリンターは障害のある方を前向きにする、というのがあった。
3Dプリンターは体力がいらないので、健常者の人と対等に仕事が出来る、これは障害のある方にとって、とてもすごいことなのだという。
インクルーシブデザインの観点から見ると、障害のある方は健常者の人たちが感じたことのないフィードバックをたくさん持っている。
これらを活かして、デザインとしてアウトプットしていくようなポジティブでクリエイティブなコミュニティを作ることができれば、
障害のある方達の仕事のかたちは変わるかもしれない、と感じた。


◉吉行良平さん(吉行良平と仕事)藤井克英さん(GOODJOB!センター設立準備室)

吉行良平さんと藤井克英さんはたんぽぽの家アートセンターHANAでの取り組み事例を紹介されていた。
デザイナーと障害者の共同ブランド「TOMORROW IS TODAY」http://to-is-to.tumblr.com/についてや、アートセンターで生まれた商品「鹿コロコロ」http://www.yu-nakagawa.co.jp/p/2462などのお話が面白かった。
これらのプロダクトをビジネス化するにあたって、FABは生産を支える根幹となっている。FABツールを使用することで障害のある方でも安定したクオリティの製品を作れるようになり、またその生産スピードも高めることができている。
FABは障害のある方にモノづくりの仕事を与えること可能とし、なおかつビジネスとして成り立たせるための生産ラインを構築することという観点においても、FABが果たす役割は大きい。
藤井さんの話によれば、障害のある方は自由な表現は苦手なのに対し、枠組みの中での創造力は目を見張るものがあるという。
FABによる枠組み作りと障害のある方達のクリエティビィティがあわさって生み出されたそれらの商品は彼らにしか作れることのできない「特別な良いもの」になっていると強く感じた。

以上全三部のセミナーを聴き終えて感じたことは、FABと福祉の親和性の高さである。
間違いなく、FABと福祉は繋がるべき存在なのだろうと思った。
FABはコミュニティを生み出し、モノづくりのハードルを下げ、生産ライン構築によってビジネス化を可能にしてくれる。
FABは障害のある方が不可能としていたことを可能にしてくれるのだ。

水野さんによる、社会と未来を見据えた大きなFAB構想から、実際の福祉でのFABシーンまで、
大小の規模感での、FABと福祉の「今」を垣間見ることができた。

FABが福祉をどう変えていくか、とてもワクワクするし、
自らもその中で何かを生み出してみたくなった。
自分なりに、アイデアを考えて見るとしよう。